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  • 森田 規代子
  • No.MW006 森田 規代子 KIYOKO MORITA

    第6代マスター・オブ・ウイスキー。
    1995年7月1日 大阪市天王寺茶臼山にバーピーコートをオープン。2017年度 女性初のマスター・オブ・ウイスキーを取得毎年、阪堺電車天王寺駅発のチンチン電車の中でバーカウンター付き「ウイスキー号」を主催・企画している。ニッカウヰスキー創業者の竹鶴政孝氏が修業したとされる「摂津酒造跡」を顕彰史跡として申請し、大阪市教育委員会文化財保護課から顕彰史跡212号に認定された。

女性初のマスター・オブ・ウイスキー
大阪・天王寺で夫と共にバー「ピーコート」を営む森田規代子さん。通算6人目、女性初のマスターだ。「足掛け3年がかり。大阪にある企業家ミュージアム内の社史室に2年間通い詰めて論文を仕上げ、試験に臨みました」
企業経営の秘訣を探る
論文テーマは、自身のバー経営と、摂津酒造跡地を大阪市顕彰史跡に認定するために尽力した経験がきっかけ。「どうしたら経営を続けていけるのか?」。摂津酒造でウイスキー造りが続かなかった理由、スコットランドの蒸留所や寿屋、宝酒造でそれが継続できた理由を探ることで、企業経営を続けていく秘訣を探る内容だった。
どうしたらバーを続けていけるのか
「飲食店は開業2年で5判、3年で7割が閉店に追い込まれ、10年続けられるのは全体の1割だそうです。そうなってしまうのは何か間違った考えで経営しているのではないか、どうしたらバーを続けていけるのか、理由が知りたかったんです」。森田さんの店は今年7月で25周年を迎えるが、森田さんが夫の店を手伝い始めた頃は経営が厳しかったという。
「帳簿を見たらウイスキーの売上がいちばん多かったので、そこでなんとか売上を伸ばしたいという一心でした」それが森田さんがウイスキーの世界にのめりこむきっかけだった。今では店の売上の半分はウイスキーが占めている。
当時を知るお客様と味わった宮城峡
「ウイスキーについて学んで本当によかったと森田さんは振り返る。ウイスキーの熟成を勉強することで、目先の利益のことだけから、5年、10年先を考えることができるようになりました」
店が10周年を迎えた2005年に「10年後もお店がありますように」という気持ちを込め、ニッカウヰスキー宮城峡蒸溜所でマイウイスキー造りに参加した。5年にそれが手元に届き「当時を知るお客様と味わった宮城峡カクストレングス10年に、目が潤んだ」という。
日々、努力・工夫
今、肌で感じる景気はよくはないが、「昨年1月にスペイサイドに夫婦で旅行した時にウイスキーを買ってきたり、日々、努力・工夫することで乗り切れると思っています」
創意工夫とウイスキーへの情熱
「知り合いのバーでテイスティングの練習をさせてもらったり、家で口頭試問の練習をしたり。周囲の協力なしには合格できませんでした」と森田さん。2018年6月3日(日)の大阪ウイスキーフェスティバルのカクテルブースに登場する。「1日ブースにいますので、私の経験談でよければお話します」と明るく笑う。その前日には摂津酒造の歴史的跡地を巡るイベントも開催。森田さんの創意工夫、ウイスキーへの情熱は留まるところを知らない。